ネイティブだって間違える

ぼくらは日本語のネイティブですが、必ずしも正しい日本語が使えているかというと、そうでもないと思います。

というよりも、正しい日本語というものが何なのか?というのは難しい問題で、

特に文法というのは、一般によく使われている言葉に規則性が見出して、その規則性に合わせて表現を整理したものですから、

文法的に正しい=よく使われるし、筋が通ってる

というだけにすぎません。それこそ、方言とかになれば、全く意味がわからないときもあるくらいですから、絶対的に正しい日本語がある!とするのはなかなか難しいじゃないのかと思います。

画像の説明

ふだん私たちは日本語の文法はほとんど意識せずに使えてますし、それは大量のインプットによって、よく使われるかたちに慣れたということです。

だから、慣れていない表現がされると違和感を覚えますし、場合によっては「日本語おかしい」なんて言われますが、

おかしいもなにも、よく使われる表現になっていないってだけのことで、

意味がある程度とれれば、コミュニケーションとしては成り立つわけです。

英語も同じです。
日本語よりも文法のルールがはっきりしているので、ついつい「正しい」かどうかを気にしてしまいますが、

そもそも言葉それ自体に間違いというのはあまりないんだというところを心がけておくといいと思います。

例えば海外ドラマでも、こんなシーンがあります。

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夜中に、ボンゴを奏でるシェルドンという登場人物が「ファインマンの真似をしてるんだ」といい、それをあまり勉強ができないペニーという隣人に、レナードというシェルドンの同居人が「ファインマンっていうのは...」と説明しようとしたときに、

「ファインマンがお尻のタトゥーに入っていたとしても、気にしないわよ」
*タトゥーに入れるというのは普通は思い入れのあるものですから、この表現は比喩として、「例え重要だとしても気にしない」ということです。

で、それをシェルドンが

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仮定法が使えてないね!
とからかいます。

英語のネイティブだって仮定法を間違えるんです笑笑

というか、これは間違いというより、表現の違いなわけで、それが自分の伝えたい気持ちや内容と、相手がそれをどう受け取ってるくれるか、というところで、合致すれば「正しい」し、ズレれば「正しくない」ということなのではないでしょうか?

だから、絶対的な正し、つまりはテストの正解みたいなものを求めてしまうと、なかなかいつまでたっても使えるようになりません。

正しい英語を話そうとするよりも、まずは伝わる英語・自分の気持ちが表現できる英語を身につけて、そのあとで実践を通して、より自然な(正解ではないです)表現にしていくというのがいいと思います。

(なので、英語のテストは個人的には反対で、正解を選ぶという習慣をつけさせずに、表現を工夫するという態度を学ばせるようにした方がいいと思ってます。つまりは、英作文とか和訳ですね。そっちのが、コミュニケーションに繋がるはずです。)

だからといって、「間違いを気にせずどんどん話そう」「伝わりさえすればいい」っていうのはちょっと乱暴で、よりわかりやすい表現を求めるというところが、言葉を学ぶときに必要な態度かなと思います。

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